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清流劇場2019年3月公演『壁の向こうのダントン–Dantons Tod』
原作:ゲオルク・ビューヒナー 作・演出:田中孝弥
公演日程:2019年3月6日(水)〜10日(日)
会場:一心寺シアター倶楽



清流劇場2019年3月公演『壁の向こうのダントン –Dantons Tod』
芸術文化振興基金助成事業
大阪市助成公演
ボクらはみんな操り人形さ、見知らぬ強い力で操られているんだ。
俺たちが民衆だ。
一体何のために、ボクら人間は戦い合わなきゃならないんだ。
Puppen sind wir von unbekannten Gewalten am Draht gezogen.
Wir sind das Volk.
Wozu sollen wir Menschen miteinander kämpfen?
原作:ゲオルク・ビューヒナー
作・演出:田中孝弥
ドラマトゥルク:柏木貴久子
原作翻訳:岩淵達治・山下純照
西田政彦(遊気舎) 上田泰三(MousePiece-ree) 髙口真吾 泉希衣子 倉増哲州(南森町グラスホッパーズ)
杉江美生 田村K-1 永津真奈(Aripe) 松本祐子 大森千裕
山田一幸(朱亜shu-A) 上海太郎(上海太郎カンパニー)
音楽・演奏:仙波宏文
特別協力:森和雄
会場:一心寺シアター倶楽
〒543-0062 大阪市天王寺区逢阪2-6-13 B1F
tel:06-6774-4002
http://isshinji.net/kura/index.html
*各線「天王寺駅」、Osaka Metro谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」、堺筋線「恵美須町駅」より、徒歩約10分。
*お客様用駐車場はございません。お車でお越しの場合は近くのコインパーキングをご利用下さい。
公演日程:2019年
3月6日(水)19時
3月7日(木)19時
3月8日(金)19時
3月9日(土)15時(終演後、アフタートークがあります)→出演者はwebで公表します。
3月10日(日)15時
※各回、開演10分前より田中孝弥によります《ビフォアトーク》を行います。
※荒天・自然災害が生じた場合は、劇団ウェブサイトにて随時開催状況に関する情報をお知らせします。
入場料金:日時指定・自由席
(公演サポーター様の優先入場。その後、整理券番号順でのご入場となります。)
一般前売券4,000円 当日券4,300円
ペアチケット7,600円
U-22券2,500円(22歳以下の方を対象。要・証明書提示)
シニア券3,800円(65歳以上の方を対象。要・証明書提示)
*ペアチケット・U-22券・シニア券は、前売発売のみとなります。
*開演1時間前より整理券を発行、開場は開演の30分前です。
*小学生以下のお客様はご入場になれません。
*作品上演中のご入場は制限させていただく場合がございます。
*会場内での飲食喫煙・写真撮影は禁止です。
★当日券のお客様は、開演10分前からのご入場となります。
★当日精算券のお客様は、あらかじめお名前とご来場日時・人数・券種(一般・ペア・U-22・シニア)をtessyuu.k@gmailにお知らせください。
ご連絡がない場合は、開演10分前からのご入場、料金は一般前売料金のみのお取り扱いとなります。
*観劇のご予約は、
http://ticket.corich.jp/apply/96806/008/
にて、 お名前とご来場日時・券種(一般・ペア・U-22・シニア)・枚数等をご入力ください。
当日、受付にて代金とお引き替えにご入場いただけます。
*お客様が日時指定をされない場合は、開演10分前からのご入場となります。
スタッフ:
舞台監督:K-Fluss 舞台美術:内山勉 舞台美術アシスタント:新井真紀 照明:岩村原太 照明アシスタント:塩見結莉耶 照明オペ:木内ひとみ
音響:廣瀬義昭(㈲ティーアンドクルー) 衣装:田中秀彦(iroNic ediHt DESIGN ORCHESTRA) 小道具:濱口美也子
ヘアメイク:歯朶原諭子(High Shock) ヘアメイクアシスタント:大谷仁衣菜・下山葵 振付:東出ますよ 写真:古都栄二(㈲テス・大阪) ビデオ:㈱WAVIC
web・制作協力:飯村登史佳 宣伝美術:黒田武志(sandscape) 演出助手:大野亜希
協力:㈲ウォーターマインド・イズム・㈱MC企画・㈱舞夢プロ・バンタンデザイン研究所大阪校
丹下和彦・堀内立誉・佐々木治己・川口典成・嶋田邦雄・山下智子・森岡慶介・居原田晃司Michael Wetzel
提携:一心寺シアター倶楽
制作:永朋
企画:清流劇場
作家紹介(原作)
カール・ゲオルク・ビューヒナー Karl Georg Büchner(1813年〜1837年)
ドイツの劇作家・自然科学者・革命家。
ヘッセン大公領の首都ダルムシュタット近郊の小さな村ゴッデラウに医師の息子として生まれる。フランス領ストラスブール大学医学部に留学し、前年に起こったフランス7月革命(1830年)の余波に触れ、革命思想を吸収する。2年の留学を終え、帰国。ギーセン大学で医学の勉強を続ける一方、反体制運動に参加。「あばら家に自由を、宮殿に闘いを!」と、大公を批判する『ヘッセン急使』を発表したことで、両親のいるダルムシュタット、さらにストラスブールに居を移す。逮捕を免れた後、チューリヒ大学で学業を再開、博士論文『バーベル鯉の神経系統について』で博士号を取得。論文が評価され、大学講師の職を得るものの、チフスに罹患し23歳4ヶ月の若さで客死した。20世紀になって再発見された作品群はその後のドイツ文学界・演劇界に多大な影響を与え続けている。彼の名を冠したビューヒナー賞はドイツで最も権威のある文学賞である。
主な文学作品に『レンツ』(小説)・『レオンスとレーナ』(喜劇)・『ヴォイツェク』(未完戯曲)がある。
原作『ダントンの死』あらすじ
フランス革命期の政治家ダントンとロベスピエール。この二人は革命の進展について異なる見解を持っていました。ダントンの政治思想は自由で寛容。「革命は終えて、共和国を始めるべきだ」という考え。一方のロベスピエールは、「革命は道半ばであり、理想のためには恐怖政治が必要である」という考え。実際、共和政に移行したものの、さまざまな党派が入り乱れる状況。革命の動きに終わりは見えず、政治の混乱に翻弄される民衆の生活は苦しいままでした。ですから、「悪徳」や「腐敗」を憎む禁欲主義のロベスピエールからすると、革命の終わりを主張する穏健派のダントンは退廃的な享楽主義者に見え、今後の改革に弊害を及ぼすと考えていました。
この物語は、フランス第一共和政下で権力を掌握したロベスピエールが、かつては同じ目的(革命)のために戦った同士であるはずのダントンを追い詰め、ギロチン台へ送るまでの数日間を描いています。
***
ジャコバン党のクラブ。ロベスピエールが「内部の敵(=ダントン派)を排除し、恐怖政治が行われなければならない」と、演説しています。これを聞いたダントンの仲間たちは、ダントンのもとへ行き、身の危険を知らせます。ところが、ダントンは気のない返事を繰り返します。ダントンは革命に疲れていました。一年半ほど前、興奮した民衆が起こした9月虐殺を法務大臣として止められなかったことを後悔していたのです。
やがて、ダントンはロベスピエールと会談を行いますが、決裂します。仲間たちはダントンに逃げるように促しますが、ダントンは「ロベスピエールは粛清には踏み切れないだろう」と、高をくくります。まもなく、ダントンとその仲間たちは逮捕され、革命裁判所にかけられます。ダントンは裁判の席で、告発は不当であると訴えますが、ロベスピエールの同僚サン・ジュストの陰謀により、裁判はそのまま進み、処刑が告げられます。
***
ビューヒナーは原作『ダントンの死』において、《大きな社会的矛盾》を描いています。社会が近代化していく中で、《格差社会の是正は解決出来ないと考えるダントン》と、《革命を成し遂げた先に理想を抱くロベスピエール》の対立に反映させています。
フランス革命、東西冷戦の終結(ベルリンの壁崩壊)を経て、私たちは未曾有のグローバル資本主義社会に身を置きながら、日々、《改革の理想と現実の矛盾》に直面しています。本作品『壁の向こうのダントン』においても、原作の構図を生かしながら、現代社会が抱える矛盾と、より良い未来について考えてみたいと思います。
清流劇場代表田中孝弥コメント
革命の終わり、終わりの革命。
Das Ende der Revolution, Revolution des Endes.
今回のお芝居は、「壁」というものに焦点を当ててみようと思っています。外国人とうまくコミュニケーションが取れない「言葉の壁」。自分よりも一回り二回り年下の人たちとうまく価値観が共有できない「世代の壁」。勿論、ネガティブなイメージばかりではありません。火事の延焼を防ぐ「防火壁」。そういえば、ボクが20代の頃のこと。演劇なんてやめてしまえという両親に「いやいや、アツヤくんは続けるべきだ」と、「壁になってくれた人」もいました。駅などで若い恋人同士がやっているのを見て、よろしいなあと思うのに「壁ドン」というのもあります。学問分野でいえば、古代ギリシア・ローマ・エジプトなどの文化や世相を知る貴重な資料の一つに「壁画」があります。
どうやら「壁」には、空間と空間を切り離し、もともとは一つだった空間を変容させる効果があるようです。そのことによって、「切り離した空間」を包み込み、守ることが出来ます。視点を変え、換言するなら、「切り離した空間」に閉じ込め、防ぐことができます。
「壁」があるからこそ、安心出来る。いや、「壁」など設けず、人も物も自由に通行させるべきだ。「壁」を巡る問題は、今も新しく、解決の糸口さえ見つかりません。
今年で「ベルリンの壁」が崩壊して30年になります。「壁」がなくなり、東西に分断されていたドイツは再統一できました。勿論それは良かったわけですが、未だに残る東西の格差。やはり、そこには「見えない壁」があるわけで、今も厳然と存在する「イスラエルとパレスチナの分離壁」や、今まさに建設されようとしている「アメリカの新たな壁」のニュースを耳にするにつれ、やはり見つめ直さなければならないのは、ボクたち一人一人の「心の壁」なのだと思いつつ、「そんな壁なんて壊れやしないという現実」と、「命ある限り、壁に立ち向かい続けるべきだという理想」の中で、揺れているボクが居ます。